
コロナ禍で海外への渡航が困難になる中でも、21 世紀以降加速度的に発展してきたグローバル化の波は社会の隅々まで影響をもたらしました。海外への渡航が難しい昨今でも、WEB 会議などのコミュニケーションツールの発達により、国を跨いでのサービスの提供は留まるところを知らず、物流に勝る勢いで国際的なソフトサービスの流通が活発になっています。考えてみれば実際の商品を運ぶ物理的な作業が発生する物品の貿易に対して、インターネットを介して瞬時に「サービス」のやり取りが出来るソフトサービスは、近年の様に渡航が困難な状況下では、国際貿易に適した分野といえるのではないでしょうか。その中でも建築設計業務の海外からの「輸入」は、長い歴史を持ちながらも国内建築・建設業界では定着してこなかった特異な性質を持ちます。
その理由としてまず挙げられるのは建築・建設業界が非常に閉鎖的な性質を持ち、また各国それぞれに確立された複雑な業界内の仕組みの為に、既存の仕組みに組み込まれていないサービスを持ち込むのが困難ということがあります。業界内のプレーヤー同士の関係や役割分担、行政や法制度の違いと対応方法、業界の習慣の違い、請負契約等の仕組みの差など長い経験と理解なくしては、各国の建築・建設業界の「プレーヤー」として参入するのは難しいでしょう。
次に、建築・建設業界の中で、建築家やコンサルタント業、施工者にあたるコントラクターとの関係や責任分担は国によって大きく異なることが挙げられます。日本ではゼネコンに代表される施工者がプロジェクト全体の中で占める役割や責任範囲が広く、民間発注工事では、コンサルティング業務や設計業務も内包するケースが一般的です。逆に海外では、建築家がリードコンサルタントとして計業務の全責任を負い、必要に応じて専門エンジニアなどから構成される設計チームを組成し、まずは設計者としてプロジェクトを進めます。その後、完成した設計に基づく工事を請負い施工するコントラクターを選定し、施工を依頼する形をとり、施工中も建築家はCA(コントラクト・アドミニストレータ―)として施工監理を担当します。ここにはコンサルタントとコントラクターの相対する明確な関係があり、曖昧なカタチで責の転嫁などは起こりません。
海外の業務体制がこのような形に至った経緯は、コンサルタント業務というソフービスを提供するビジネスのかたちが、長い年月をかけて確立されてきた経緯によるものと思われます。このような設計業務をはじめとするコンサルタント業務は、意図すれば施工業務の中に取り込むことは容易です。現に日本国内では施工業者が実施設計含め担当する設計の割合が増えていっているだけでなく、設計施工での受注が当たり前と言っていいくらい標準になっているといえるでしょう。施工業者は社内に設計部門を持ち、自ら設計をすることで、「ワンストップ(建築プロジェクトの引き渡しまでのプロセスを一貫して請負うかたち)」で事業者にサービスを提供し、竣工引き渡しまでプロジェクトの全責任を負います。その代わり、施工業者を監督する第三者の目は無く、事業者は施工業者に全幅の信頼を置くしかないのが前提になります。施工業者一社に委ねられたプロジェクト進行の全責任は、施工業者がビジネスリスクとして全面的に負わなければなりません。反面コスト面、設計面、あらゆる局面でのプロジェクトの進行を施工業者が「コントロール」できるので、ビジネスとして考えるならば、プロジェクトの進行を自らの監理のもと進められるのは、利益追求のチャンスをより自由に与えられたものと考えられます。
翻って海外で活動する建築家をはじめとするプロフェッショナルコンサルタントは、特に欧米諸国においては医者・弁護士に並ぶ高度なスキルを持つプロフェッショナルとして社会的なポジションを保障されてきました。建築家はその職域として請負った案件の設計責任を負い、「ネジの一本まで」自らの設計として責任を持ちます。建築家は「デザイナー」とは根本的に区別され、意匠設計を中心に建築に関わるあらゆる技術的な知識を持ち、併せて社会的、人類学的、心理的、芸術的観点から建築の価値を理解し提案できるプロとして案件に携わることが、プロジェクトに関わるスタンスとしての基本となります。
この様な業界の仕組みの違いが大きくある中で、海外の建築家やデザイナーが日本に招かれ設計業務を請負うケースは、今後もある一定数存在していくと思われます。またその業務内容は、これまで多くみられたような大規模案件の外装デザイン業務などだけでなく、デザイン監修業務というものから、開発企画のコンセプトメーキングのような意匠設計からより広がった分野まで多様化してきています。しかし、事業者を含む日本国内のプロジェクト関係者と、業務を請負う海外設計者(コンサルタント)との業務契約に際し、業務内容もさることながら根本的な業界の仕組みの差による受注者の役割の違いを理解しないまま業務契約を結ぶことで、作業が始まってからの誤解、意思疎通の難しさなどの問題が生じ、結果として折角の業務も最大限に生かしきれないままで終わってしまうケースも度々見られます。
プロジェクトとして最善の結果を達成する為には、包括的にプロジェクトの目的と進行を把握し、リスクマネージメントを的確にしながら全体を引っ張っていくプロジェクトマネージメントが今後はさらに必要になっていくと思います。
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